勘忍袋を締めておく

 

土曜の夜,娘が大阪での結婚式の帰りに帰宅することになった。

 

デイサービスで夕食を済ませて帰ってきた母には,孫娘の帰宅を直前に伝えることにした。

帰宅直後の母は,「私は夕食済ませたけど,あなたはまだでしょ」と穏やかに言う。今日は夕食を食べたことを忘れていなかったんだと安堵。

ところが, 母の夕食の心配をしなくていいのをいいことに,娘が帰宅するまでは一人の時間を過ごそうと,自分の夕食は後にして自室にいようとしたことで問題発生。

その後,1時間おきに母の様子を見に行くと,皿に盛っておいた蜜柑が少しずつ減っている。

1度目は,一口羊羹を提供して時間稼ぎ。2度目は,取り入れておいた洗濯物を畳みながら会話をして時間稼ぎ。

その都度,「ご飯はどうするの?」と母は聞くが,「適当にするね」とごまかし,そのうち娘の帰宅で一気に元気になるからいいやと甘く見ていた。

3度目に行ったとき,「しまった」と気づく。苛立った様子で台所に立っている母は,作り置きの煮物を2皿に盛って,隣に並べた2皿に切ったキュウリとトマトを入れようとしている。夕食を食べたことを忘れ,いつまで待っても降りてこない不届きな娘に代わって二人分の夕食の準備しようと行動を起こしたようだ。

「あれ? もう夕食は食べたよね」と,つい言ってはいけない一言を口にしたのが失敗。「夕食はまだです。お昼を食べてきただけ」という返事に,「いやいや,,」と否定してしまったのはさらなる失敗。

結局,それから不毛な応酬が始まった。

気持ちを納めてもらおうと,「じゃ,一緒に食べようね」と食卓に座るが,母は,理不尽に非難されたと憤懣やるたかなく,私が食べ始めても,箸を持とうともしない。

最後の切り札と思って,娘がもうすぐ帰宅するはずという話題を持ち出すと,私の顔をじろりと見て,「いつわかったの?」と言う。早めに言ったら,いつかいつかと急き立てられて困るんだから怒らないでよ。

その直後,娘からの連絡を受け,救援部隊きたると大急ぎで迎えに行って,案の定,その後の家の雰囲気は一変。

 

翌日までの丸一日をにぎやかにすごし,早い夕食を3人で済ませて,雨の中,車に母も乗せて娘を駅まで見送った。

車から降りた娘が,「おばあちゃん,おかあさんと喧嘩しないで仲よくしててね」と声をかけると,ドアを閉めた後,母は,「堪忍袋を締めておくから大丈夫」と一言。

一つ一つの出来事は忘れるのに,嫌な気持ちになったことは忘れないんだ。

 

そういえば,娘が幼いころ,「まちきれる~」と叫んでいたことがあったなあ。「これ以上待てない」という気分は,待ちわびるでもなく,待ちきれないでもなく,「まちきれる」という言葉がふさわしい。

不本意なことを言われて我慢しているという気分は,母にとって,巾着型の心の堪忍袋の紐をがんばって締めているようなものなんだ。

 

さすが祖母と孫娘,自己流の表現うまいじゃないの,と感心する。