息子の帰宅(2018.9.24 母)

 

息子が4か月ぶりに東京から帰ってきた。モバイル広告の仕事が佳境に入っていて,日々充実して忙しそうだ。

こちらでは,この夏,地震があり,猛暑があり,台風があった。荒れ果てた庭を少しでも見栄えよくしなきゃと,涼しくなってからは草引きや庭掃除等をした。地震でめちゃくちゃになっていた本棚を整理するついでに息子の部屋のタンスも整理した。すべて手作業の労務だが,達成感があって,生活ってこういうものだよね,と一人納得していた。

待ちわびた久しぶりの息子の帰宅。深夜になると言っていたが,夕食を準備するから新幹線で食べないでねと伝えて,胃もたれしないメニューを考えて作った。

 

こんなワクワク感は久しぶりだったが,母とは共有できないので,いつもの通り,一緒に風呂に入り,10時には母を寝かせて息子を迎えに行った。

 

翌朝,母を驚かせようと思い,「今日はいい日だよ」と予告して,息子が2階から降りてくるときには,「誰かな」と謎かけをした。

でも,息子の姿を見ても母はきょとんとしている。

「誰でしょう」と言うと,「ようちゃん」「しんちゃん」とはるか昔に母が一緒に遊んだ従兄弟の名前が出てくる。

●ちゃんだよ,と正解を伝えたが,母は,「●ちゃんは,とっても可愛い子で,いっぱい一緒に遊んだよ」と20年以上前の記憶を辿りだす。息子が苦笑いしながら,「じゃ,この人は誰?」と私を指さすと,母は私の娘の名前を言うので,息子と思わず顔を見合わせた。

その後,現状を説明したが,朝から試されたので,母は混乱してしまったようだ。

 

そういえば,こないだの日曜日,母は一人で庭に出たものの,出たドアから入ることに思い至らず,鍵の締まっている玄関を叩き続け,2階にいた私がようやく気づいて出迎えたときには,泣きそうになって怒っていた。

また,先週の4度目のショートステイでは,夜中に鞄を持って「今から家に帰りますからタクシーを呼んでください」と言い,職員の方を困らせたらしい。

こんな母の様子に接していたのだから,もっと丁寧な対応をするべきだった。

母にしてみれば,からかわれたような気分で一日が始まったためだろう。この日は,父が亡くなった20年近く前に住んでいた家に帰りたいと訴え続けた。

その話をごまかし,気分転換になるかと毎週行っているスーパーマーケットに食材を一緒に買いに行って,駐車場の車に向かう途中,「いつも来ているとこだったよね」と声をかけた。

でも,母の頭は,いつも思い出す小さいころの記憶に戻ってしまっているらしく,「うちの食材は,いつもお手伝いさんが買ってきてくれたものですよ」と,よそよそしく答える。その後も,ですます調は変わらず,私のことを介護職員と思っているらしかった。

帰宅後,ブルーな気分で一人で庭の草引きをしていたら,最近庭にも関心がなくなっていた母が出てきたのでほっとした。でも,よく見ると鞄を持っていて,「いつになったら私を▲に連れて行ってくれるんでしょうか」とていねいな口調で尋ねてきた。

結局,この日の母は寝るまでうつろな状態だったが,私は息子の食事作りに熱中し,母の異変に気付いていないふりをした。

 

息子が二泊した翌朝,早く起き出していた母の着替えをさせると,母は,リビングに貼ってある最近の息子と娘の最近の写真をまじまじ見て,「これは誰?」と言う。

説明したら,「まあ,こんなに大きくなって!」と驚くので,「そうだよ,今日は●ちゃんが帰ってきていて二階で寝ているよ」と答えたら,ようやく小さかった●ちゃんが今の●ちゃんになっていることに関連があると気づいたようだった。

「●ちゃんを見に行こうか」と母を連れて二階の部屋に行き,寝ていた息子を起こした。

「ほら,●ちゃんがいたよね」と言って,息子が寝ぼけ眼の笑顔で手を出したら,母はしっかり手を握り,久しぶりに本心でうれしそうな表情を見せた。

その後,息子に見送られてデイサービスの車に乗るまで,母は,「●ちゃんは」と言い続けた。

 

モバイルの広告業界で日々生き馬の目を抜くやり取りを続けている息子。

ドメスティックな仕事をしながら時代の変化を受け止めるのに苦労して庭の草抜きをしてリラックスしようとしているわたし。

能力の減退にギブアップして80年前の幼少時代の思い出に生きている母。

能力が衰えてきた母には,いつも現在の安心感を自覚させることが必要なのだ。息子の帰宅に舞い上がってしまったわたしは母へのフォローをおざなりにしてしまっていた。母は,そんな対応に抵抗したのだろう。

日頃のストレスを息子との感情交流で補おうとした言動が,おそらく母には自分だけが疎外されたと感じられるものになったのだと思う。

 

わたしにとって最も大切な母と息子と娘との人間関係をどうバランスを取って調整するのがいいのか。

これって難問だけれど,ちょうどいい脳トレかも。